ハルヒを見て麻雀を打つ
ハルヒを見た。消失を。
長門可愛い。改変後も可愛い。ひざ掛けとか、目を潤ませたりとか、袖つまんだりとか。でもキョンを無用心に部屋に上げちゃだめだと思う。
キョンがマジで危ない人で笑った。そしてウザイ。長門を怖がらせた罪は重い。
長門はどうしてああも可愛いんだろう。改変後は少し髪が明るくてよかった。文芸部はいりたい。すげえはいりたい。
朝倉さんもよかった。ナイフさばき半端なくかっこよかった。ただ、なんか、もうちょい可愛くなかった? スタッフの愛情が足りないと思った。
二時間半ということだったけど、特に長くは感じなかった。
やっぱりね、女の子はダッフルコートだよ。ダッフルコートとパーカー着ててくれればそれでいいんだ。
ああ長門、長門、長門を愛でたい。腕カプッされたい。吸血鬼っぽくてよかった。
でも噛む必要あんのか。まァ長門だから許す。
改変長門が袖を摘んでくるのを振り切ったキョンはひでえ。しょうがねえけどひでえ。くそ……くそったれええええええええ!
以下、麻雀の話。
「しばらく打たないよ、なんかさァ、打ちすぎて飽きてきちゃったんだよね、麻雀。疲れるし、誘われたらいくけど自分からはもう行きたくない」
その二時間後、俺はフリー雀荘の扉をくぐっていた。マジです。物忘れが烈しいってレベルじゃない。
どうも家にただいるのが居たたまれないというか、ほかにやることもなく、友達に借りたバカテスがやっぱり前評判通り一巻だけで満足してしまったり『俺妹』シリーズがオカンに見つかって切ないことになったりしたんで、つい、いっちゃった。
結果は4-1-1-3-3-1。俺にしてはがんばった方です。
最初の半荘が、ノー和了ノー放銃だった。で、一度もアガれないで、ツモられてるだけだから面白くないって思うところだけど、それをなんとか我慢した。
負けてくると舌打ちが増えたり、ため息とか苦笑いをする人がいるけど、そういうのはやりたくない。
やってるじゃねえかってツッコミはゾクゾクするんだけど、それでも最近は昔よりかは減ったんです。減らしました。
だってなんか、ツキが逃げるような気がするし、わざわざ人に情報を与えるのって損だもの。
たとえば、今日カンしたら東がドラになったことがあった。
そしたら対面のリーマン風のおっさんが「東? どこにも見えてねえじゃねえか」といって河を見渡した。おっさんは親番だった。
もちろんそれが三味線じゃない保障はないけど、マナーのいい店だし、初顔だったけど俺はじっとおっさんの顔を見つめた結果、信用することにした。
東場だったから子が鳴くかもしれなかったが、数順後おれは東を捨てた。鳴かれなかった。
おっさんが何もいわなかったら、俺は生牌の東を抱えてオリていたと思う。
だからどんなにキツくても黙ってた。対面と上家のおっさんはへらへら笑ってて、下家の兄ちゃんはその時はまだ元気だった。アガり屋はいつでもどこでも上機嫌である。
次の半荘、俺が中ドラ2赤1をヤミテンで六順で出アガった。中はアンコ、つまり面前。
「それは気づかないな……打っちゃう」とおっさん。
「早……」と兄ちゃん。
前の半荘でずっと辛抱してたのにひどいなァ、と俺は思いつつも、そんなことでへこたれてちゃあフリーはいけないので、無表情。
ツキ手なのは認めるが、ツキなしでアガれる手なんかないのである。
それにしても、俺はどうもアガり方がいやらしいのかな?
とあるババアと打った時、俺がアガると決まって「ええ……?」と嫌そうな顔をされた。
ちなみに、ババアからの直撃ではなく他家の直撃だった。
で、俺以外の人や自分がアガるとケラケラ笑っているのである。
ただまァ、人から嫌われても勝てばよろしいので、そういう面も俺がフリーから離れられない原因に思える。セットだと仲間だからどうも後味が悪い。
フリーはいい。誰にも気を使わずに、好きなように打てばいい。
そうしてまた勝つためには相手のことを考え続けなくっちゃならない。その矛盾が大変心地いい。
俺はいつも神経痛を起こしたような顔をして、むっつり押し黙ったまま打つ。誰とも気安くしない。気取ってるわけじゃなくて、それが楽だし、フリーにいく理由だからだ。
その時だけ、俺は根暗で凶暴な性格でいられる。社会生活を保つために人に笑いかけたり、冗談をいったりしなくて済む。そういう人との繋がりも嫌いじゃないが、それでもやっぱり根っこの烈しい性分は治らない。
「チェックです。六索チェック。これは六索単騎はできないなァ――」
話は前後して、最初の半荘。つまり俺がずるずるラスを食らった回。
東発、下家の兄ちゃんが牌をこぼして、そんなことを高らかにいった。
チェックってのはよくわからないが、『HERO』いわく見えた牌を確認することで、その牌の単騎はできないとかそういうルールだったろうか。
俺の行きつけの店ではそんなルール採用してないはずなので、俺は上目遣いに兄ちゃんを見やった。対面のおっさんが「気にするなよw」と笑ってる。
で、こういう時、こういうちょっと上級者っぽいことをいうやつは二通りに別れる。
1.ホントにすげぇ人
2.いってみたかっただけ
どっちなのか、俺は打ちながら考えた。
で、それをどうやって判断したかっていうと、その兄ちゃん、負け始めたらテンションがガタ落ちしたことで一発でわかった。
繰り返しになるけど、本当に感情を表に出すのは損なのである。なのに兄ちゃんは、三半荘目くらいの時に手牌を見て、
「うぜぇ……」
とこぼした。マナー的にも当然よろしくない。が、ポン発声なしで牌を倒すジジイ連中よりはマシである。ゲーム進行に支障がないからだ。
それで俺はこの兄ちゃんを必要以上に警戒するのをやめた。
もし本当に強いなら、やっぱりちょっと気安くリーチはかけられない。上手い人はアンパイを巧妙に捨てながら手を復活させてくるからだ。またオリる時は全力で一切の妥協なしにオリる。
兄ちゃんは割りと筋牌を気安く振っていた。今日、俺はあまり彼から直撃を取らなかったが、そういう人がいると攻撃しやすい。
俺は468からの4切りや字牌単騎が多いから、筋を信じる人を基本的に好む。一発で振ってくれるともっと好きになる。
とにもかくにも、兄ちゃんはうっかり口を滑らせたせいで俺になめられてしまった。
それが成績に影響することもあるし、ないこともある。気にするかどうかはその人次第だ。
今日を振り返ってみると全体的に場が小さかった。マンガン、ハネマンがあまりなかったように思う。
それというのも、俺の上家のおっさんが親番至上主義だったためである。
たとえばラス親が残っているラス目で、おっさんはヤミピンフをあっさりツモってしまう。
水が空いているのだから、リーチか、タンヤオとか三色みたいな副役をつけたいところだが、親で挽回すればいいと思っているから普通にツモる。
もっとも仮に手変わりを目指しているときにツモったとしても、普通に俺もアガるが、中にはフリテンリーチ高め副役を狙ってくる人もいる。
おっさんはそうしなかった。で、そうした時のトップ目が俺だったことが多かった。
局が消化されてしまえばトップ目は楽チンである。おっさんは俺のトップの立役者だったといっていい。
ただその考え方は間違ってないと思う。
一万点付近の子は、親のマンガンでハコテンだからあまり勝負に出れない。親が残っているならそこでがんばればいい。アガり続ければ勝てる。実際、そうやって逆転することもある。残り千点から親番で粘りに粘ってトップに返り咲くことなんてそう珍しくない。
だからおっさんが間違っているわけじゃない。俺もおっさんの立場ならそうしていたと思う。
そうして打っている間、兄ちゃんはいつの間にか相当頭に来ちゃってたらしい。
その局、俺は親番で、中と東が配牌でトイツだった。東はドラ。ちょっとがんばりたくなる手。
で、結局ドラはさすがにでなくて中ポンの四七萬待ちになった。その直後に兄ちゃんがリーチ。
赤が見えなかったので打点不明だったが、俺は五八、親の両面テンパイだったので押そうと思っていた。
振ってもいい。振ってもいい局で振るのは悪いことじゃない。最近、俺はそう思う。振らなくていい局で振らなければいい。
ところが、あっさりツモってしまった。ツイてたな、と振り返ってみても思う。
「ツモ。二千オール」
誰も点棒を出してくれなかった。兄ちゃんは身動きしなかった。
俺は、打ってるとき、相手の顔を見ない。理由は二つある。
1.ちょっとだけ目が合ってすぐ逸らすと、負けたみたいで嫌だし気まずい。
2.打ってると目つきが悪くなるから、睨んでしまうかもしれない。
俺は卓の中央を見据えて、出てこない点棒に不安になった。それでもう一度いった。チョンボしたかと思った。
「えっと、中ドラドラ。二千オール……ですよね、二千オール。の、一本場」
ようやく三人から点棒が出てきた。
ちょっと今思い出したんだが、点ハネしてたろうか。でも二六オールではなかったと思う。
連風牌アタマで4符、中ミンコで4の両面ツモで2符。もういっちょアンコがあればハネたと思うが、ちょうど30符ではなかろうか。
ただ手牌のほかの部分は思い出せない。また側にメンバーはいなかった。
なんにせよ、俺はこう思った。
「二千オールもアガっちゃいけねえのか。俺ってずいぶん、人に嫌われるのが得意なやつなんだな」
人に嫌われることが多くなると、ちょっと楽しくなってくる。さァもっと嫌え、という気分になってくる。
身分が明らかなところでこれをやると生活できなくなるが、雀荘ならその心配はない。身の危険がない限りいくらでも嫌われてよろしい。
笑ってしまうのは、俺はほとんど黙って打ってるだけで、発声だってちゃんとやってるから、能動的に嫌われる原因をほとんど作ってないところにある。
直せといわれたって無理だい、知ったこっちゃねえや、とこうなる。
なんだか同じことを繰り返してる気がするが、今日はあまり目立った反省点もないのでこんなもんである。
3−6−9,5−8待ちをうっかり2で倒しそうになったり、8を見逃しかけたりしたのがあったが、それは反省した。
最近、三面張が混乱してわからなくなることがある。疲れてるんだろうか。
総括としては、やはり割と今日は自分の思ったとおりの麻雀が打てた。
以前こんなやつがいた。
面前チャンタイーペーコー白を五順で俺からアガったのである。
「やっといつもの調子が出てきたなァ。これが俺、普通なんだ」
あおってやがるが身内なので許した。
で、俺の『思ったとおりの麻雀』というのは八千点を五順でアガることじゃない。俺も今日似たようなことをやったからいえる。
思ったとおりというのは、オリると決めたところできっちりオリ切り、また進むと決めたところでちゃんと進めた、ということである。
自分の決めた打牌が打てたら、それでいい。だから仮に振らなくても、流局しても、俺は自分の打牌に不満があると焦る。それは敗北フラグだから。
自分の打牌で負けるのは仕方ない。問題は、プレッシャーやら疲労やらでミスを犯して、それが致命傷になって勝てる勝負を逃すことである。
それだけを避けようと思う。
なぜこんな文を残すのかというと、まァ俺の麻雀生活の記録に他ならないわけですが、天雀と合わせて読むと俺と天馬の違いがわかって面白いかもしれません。
ノー和了ノー放銃、つまり流れを変えなきゃいけないとき、俺は何もしない。
それは少ない経験ながらも、鳴いたりして無理しかけするよりは流れに任せた方がいいと思うから。状況にもよるけど、焼き鳥ルールでもない限り中のみ千点は良形でなければ仕掛けない。
運というガードがないときに遮二無二突っ込んだところでタカが知れている。誰がなんといおうがそれが俺の麻雀だ。
天馬はそこで卓外の勝負をしかける。外ウマとかエアコン壊したりとかね。
つまりあいつのああいった行動は麻雀でいう「鳴き」に近いわけです。
やつはやつなりに流れを変えようとし、そして成功した。
最近、やたらと天馬が強いのは食い流れでドラがたくさん流れて来たようなものです。
俺はああいった時、動かない。ミスを最小に抑えてもっと楽な時を待つ。来ないなら打つのをやめる。
今思った。俺、ステルスモモっぽいかも。
なんだかいま、すごく胸が痛い。比喩ではなく。疲れてるんだろうか。



